バートン・ファミリーの歴史

すべてはここから始まりました

1930年代のクルミ農場1910年、 イリノイ州で医師をしていたペリー・フランクリン・バートンはカリフォルニアを旅し、サンホアキン・バレーの劇的な変化を目の当たりにしました。その変化の多くは、かんがい事業の始まりによるものでした。南はロサンゼルスからキタはチコまでの長い旅の中で、バートンは様々な農産物を目にしました。彼はその豊富な収穫量と、当時はまだ始まったばかりのカリフォルニアの農業の急成長に強い印象を受けました。その後ペリー・バートンと彼の息子達は、故郷を離れ、貨車に乗ってカリフォルニアに移住しました。2年間、念入りな調査と検討を行った後、彼はエスカロンとオークデールの近くに土地を購入し、1912年にバートン農場を開きました。農場の開拓は、何年ものきわめて厳しい労働を必要としました。購入当時、この土地には河辺の野草が生い茂り、馬に鋤を引かせて人手で取り除かなければなりませんでした。

Barton Brothers Walnut Hullers農場では当初、プルーンを栽培しており、くるみはわずか数エーカーでした。1930年代中頃にプルーンからクルミへの植え替えが行われました。農場はペリーの息子達、ポールとブレットの経営により拡大しました。ブレットはクルミの殻から緑色の外皮を取り除く機械も発明し、特許を取得しました。この発明は、彼らがBarton Brothers Walnut Hullersと名付けた加工事業の展開に繋がりました。1947年、ポールはブレットから果樹園と加工事業の権利を買い取りました。その後彼は果樹用加振機やその他の農耕用機械を発明し、1,000件以上の顧客のニーズに対応しました。彼が1961年に亡くなる頃には、農場の規模は200エーカー近くに拡大していました。

ジェリー・バートン1950年代後期にポールの息子、ジェリーが農場の経営を引き継ぎ、エスカロン農場の拡大を行いました。1960年代後期には、ライポン農園を購入し、ほぼ毎年植樹を行って1980年に現在の形が完成しました。その後、1980年代初頭にスプリングクリーク農場との提携によりバートン・ファミリーはさらに300エーカーの果樹園開発が可能になりました。1996年、エスカロン農場に隣接した、旧ナッツベリーファームの土地を購入しました。その後バートン・ファミリーは、オークデールのさらに別の土地の管理/コンサルティング契約も結びました。この2つの土地は1998年に果樹園となりました。最近購入した土地には、ファーミントン近郊の以前牛牧場であった土地も含まれます。今後、さらなる拡大も計画されています。

ブレント、ゲーリーとその仲間たちバートン・ファミリーは優れた農場経営の手腕とクルミ産業での経験を有しています。ジェリー・バートンは1980年代後期から1990年代初頭にかけて、世界最大のクルミ加工販売企業、Diamond Walnut Growersの会長兼CEOを務めました。彼は家族が経営する事業にも積極的に関わっています。彼の息子達、ゲイリーとブレントは、それぞれ1986年と1993年から農場経営を行っています。

ブレントは、1991年にCalifornia Farm BureauからOutstanding Young Farmer 賞を受賞し、1992年にはCalifornia Jaycees より優れた経営者として表彰されています。ゲイリー・バートンは1993年に農場経営に戻りました。ゲイリーはそれ以前に、不動産業と国際資産管理業での経験を持っています。ドン・バートンは一貫して食品加工と販売事業に関わっており、2003年にGoldRiver Orchardsの経営チームに加わりました。

ドン、ブレントとゲーリー・バートン2008年末には、5世代目の最初のメンバーが農場に加わるという嬉しい出来事がありました。ドンの息子のジョシュは Cal Poly San Luis Obispoの農業経営学科を卒業し、アグリビジネス経営の学位を取得しました。彼は現在、当社の最も新しい、ファーミントンにある640エーカーの農場を管理しています。この農場では、クルミ植え付けの1/3の段階が終わり、2010年と2011年に残りの2/3が完成する予定です。この農場では、オリーブオイル生産用のオリーブの植え付けも完了しています。